2010年08月21日

ニューフェイス

お盆に実家に帰った時の出来事。

お墓参りの後、青梅方面に出かけ、夕立に遭いました。
子供の頃は、当たり前にいたのに、最近見かけなくなった大きなカタツムリ

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なんだかとても懐かしく思えました。

実家には、こぶのお兄さんのメイラが更にデブりんこ姿で、うめ子が来たのではないかと警戒中でした(笑)

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私の車の音がするだけで、うめ子が来たと勘違いしてとりあえず逃げます(汗)

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うめ子が一緒じゃないのを確認して、落ち着く始末(汗)
うめ子どんだけメイを虐めたのかしら(滝汗)

弟が保護した、おちびちゃんが、メイに気づかれないように匿われていました。

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巣から落ちて飛べなくなっていた雀です。
野鳥は本来保護してはいけない動物なのですが、
見過ごすことは出来ないと、飛べるまで面倒見ようと保護したそうです。

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雀を手に取ることなど今まで経験したこと無かったかもしれません。
小さく、可愛い目をしていました。
早く飛べるようになると良いね〜。

posted by みっく at 00:53| Comment(2) | TrackBack(0) | こぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

素敵な贈り物


こぶが虹の橋へ行ってしまって、もうじき2ヶ月が経とうとしています。

月日の流れは速いものです。

先日、友人の子供Kちゃん(5歳)から、こぶに素敵なプレゼントが贈られました。

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お手製です!しかも、これ、こぶが飛び出す仕掛けに!

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本当に良く描けています。

こんな素敵なものを頂いて、こぶも喜んでいることでしょう。

Kちゃんを産まれた時から(産まれる前からか)見ていますが
成長していますね〜

こぶ子猫


こぶも、約10年前はこんなに小さく、可愛らしかった。

こぶ子猫2


猫じゃらしで遊ぶのが大好きで、やんちゃな子でした。

模様の変化はあまりなかったのですが、大きくなるにつれて、あっと言う間に大人に成長してしまいました。

もう少し時間をかけて成長してくれても良かったな〜。

こぶ子猫3


でも、今でもこの頃の事は鮮明に思い出されます。
成長しないのは、私ばかりなり〜(笑)
posted by みっく at 16:53| Comment(12) | こぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月02日

さようならありがとう

2010年4月29日午後12時20分愛猫こぶが永遠の眠りにつきました 虹の橋へに行ってしまいました 10歳7ヶ月人で換算するとだいたい56歳ぐらいです
飛行機に乗って行ってしまったんですかねぇ もう少しゆっくり歩いても良かったんじゃないですか
パッチリと開いた大きな瞳の猫でした
もうその目が開くことはありません メタボ気味だったのに、こんなに小さくなってしまいました
実は2月8日に下顎口腔内に腫瘍が発見され、恐らく悪性であろうとの所見でした 最初は口内炎か、歯槽膿漏か?と思いましたが、臭いもなく 赤く腫れている部分が気になり、病院で診察をしてもらいました。 猫の顎は左右2つに分かれていて、どちらか片方に腫瘍(悪性)が出来ている場合は 方顎骨の切除の手術をするそうです。 こぶに場合は片方ではなく、左右にかかっている(正中をまたいで)たので もし手術をする場合は下顎骨全ての切除手術をするしか方法は有りませんでした。 口腔内の腫瘍は成長が早く、悪性の場合は早い段階で転移する可能性もありますが、 比較的転移しない場合が多いらしいです。 血液検査をした結果は、恐らく転移はしていないでしょう。でした。
しかし、下顎骨全ての切除と言うことは、下顎が無くなると言うこと。 食事はおろか、口腔がむき出しになるので、感染症の恐れもあります、 よだれも垂れ流しになるでしょう。 QOL(
Quality of Lifeの低下は否めません 生きることは食べること、特に動物にとっては1番重要なことだと思います。 私は手術を選択しませんでした。 対症療法を選択し、こぶの生命力と、出来る限りストレスを無くし手助けをする 方法を選択しました。 もちろん投薬(ステロイド)も 主食だったカリカリ(ドライフード)も食べにくそうにしていたので 細かく砕いてあげていました。 しかし、2週間ほどすると、それも食べにくそうにしていたので、ウエットフード (缶詰やパウチ)に変えました。 ただでさえグルメなこぶは、同じ味が続くと食べません(贅沢に育てすぎました) 最初は食べていたお買い得缶詰も、病気が進むにつれて食べなくなり 美味しい高級缶詰ばかり(汗) でも、食べてくれるだけましなので、手を変え品を変え食べてもらっていました 煮干し粉やかつお節をふりかけたり、刺身を混ぜたりと 4月に入ると、腫瘍も大きくなり、食欲自体が落ちてきました (食べにくいのもあるのでしょうが、痛みも出てきていたのだと思います) 薬も苦いのか、ご飯に混ぜると、食べなくなりました。 いっぺんに食べることが出来なくなってきたので、少しづつ、欲しがる時に 食べてもらうようにしました。 よだれにも血が混じるようになり、時々歯が当たり傷がついて出血することもありました。
水分の補給は、自分で洗面台や流しに飛び乗り出来ていました。 4月8日ぐらいから、固形物は一切受け付けなくなり、牛乳やヨーグルトが やっと口に入れられる感じになりました。 それも次第に量が減り、飲んだ後吐いてしまうようになりました。 いよいよ、15日ぐらいから、水しか飲めなくなり、20日頃から洗面台に自力で上れなくなり 今まで行こうとしなかったお風呂場にこもったりするようになりました。 水も飲むと言うより、口をつけているのがやっとと言った具合でした。 「こぶ〜」と呼べば返事をし、隙間に隠れていてもお風呂場にいても 出てきていました。最後まで名前を呼ぶと懸命に反応していました。 やせ細り、筋力が低下し、歩くのもままならないのに、答えようとする姿 元気なときは億劫がって、しっぽや耳でしか反応しないときも多かったのに・・・ 最後の3日は、トイレから出て来る力もなく、出てきた途端倒れ込んでいました 最後までトイレの失敗はありませんでした。 こぶの綺麗好きのプライドがそうさせていたのかもしれません。 徘徊し、普段あまり鳴かないこぶが、叫び声に近い声で鳴くようになって うろうろとよろよろした足取りで、歩き回る姿は、まるで死に場所を探しているようでした トイレから出てくるのもやっとで、トイレの入り口から顔だけ出して 倒れ込んでしまい、暫く動けなくなり、一歩歩いては止まり 同じ場所でうずくまる時間が長くなりました。 28日の深夜、眠りにつくまで雄叫びを上げていました 29日昼間まで、クローゼットとワゴンの隙間に入り込んだまま出てきません Sちゃんが「こんな暗いところでもし息絶えたら・・・」とやっと手の届く隙間から こぶを出してあげました。 いつもいた、ソファーの上へ運び込むと、手足をバタバタさせ、もがき苦しむようでした。 呼吸も途絶え途絶えで、「こぶ」と呼びかけると力を振り絞って 呼吸をするような感じでした。
綺麗な桜色をした肉球も、マグロの血合いのような色になってきて 体を触っても、体温が感じられませんでした。 少し体を温めてあげたらどうかと思いましたが、 Sちゃんは苦しんでいるこぶを見て、早く楽にさせてあげたいと・・・ そのまま二人で体をさすって声をかけて見守りました 最期は声をかけると、後ろ足を少しだけ動かし、す〜っと眠るように呼吸が止まりました もう、声をかけても反応はありませんでした。 全身の力も抜けたように、ぐにゃりとしていました。
綺麗好きだったこぶを洗って、ピカピカにし、実家の猫や こぶのお母さん、お父さんが眠っている慈恵院に連れて行きました
ひじきママが、こぶのためにお花を持ってきてくれました。
こぶの最期のお別れに、ひじきちゃんとうめ子も付き合ってくれました。
 2ワンの笑顔に心から癒されました ひじきちゃん、うめ子、ありがとう。
ゴニママは、そんな私たちを気遣って、散々食べたいと大騒ぎしていた ゴニママ特製キンパを作って手渡して下さいました。 ひじきママも疲れた私たちに甘い鯛焼きをご馳走して下さいました。 ゴニママの気持ちが巻かれたキンパは涙が出るほど美味しかったです。 こぶに感謝しました。
もう、フワフワのこぶの体に触ることは出来ませんが こぶの温もりは消えません。 今までありがとう、そしてこれからも見守っていて下さい。
杉ブヒのみなさんの心遣いを感謝します。 素敵なお花に囲まれ、こぶは安らかに眠っています。
大好きだった果物も、お腹いっぱい誰の制限を受けることなく 食べることが出来ているでしょう 八戒ママ、気の利いたお供えありがとうございます これからも、思い出などを綴って行ければと思っています。
posted by みっく at 16:16| Comment(7) | TrackBack(0) | こぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする